まずは一つ。独りという時間を知っているなら分かるであろう。“異同”なんて言葉は必要しないと。
001:僕らは昔、当然のように
「今日、友達が来るんだ」
「あら、そうなの?私は昼から仕事だから、お持て成しは自分でしなさいね」
「うん」
今日、珍しく兄貴の友達が来るらしい。まあ、俺には関係ないことだ。
小さい頃は仲が良かった双子の兄弟。いつしか二人はある出来事により離ればなれに……なんて。そんな簡単な話じゃないけれど、難しい話でもない。俺は兄貴が単に嫌いだ。ハッキリしないし根暗だし引き篭もりだし。尚且つ、オタクだし。いつの頃だったか、オタクがキモくて自分の中で嫌悪するものだと形作ったのは。中学の頃だっただろうか。何かに夢中になってるやつを嫌煙した。俺自身は夢を持っている奴に憧れはしたが、どうしてもアニメや漫画に夢中になる兄貴はカッコいいとも思えず、そういう兄貴みたいな奴を『オタク』だと確立させたのも友人の一言だ。
『えっ?片村(かたむら)の兄貴ってオタクなん?』
『あー…みたいだな』
『キモー!!』
『そうか?』
『えーっ! だってオタクだよ? 引き篭もってアニメとか漫画とか研究して喜んでんでしょ? 訳わかんないじゃん』
『ふーん』
『相容れないっていうかさー……』
『相容れない』たしかにそう思った。俺は縦と横しかない平面である二次元なんて興味もなかったし、兄貴のせいでアニメや漫画に多少の知識はあったとしても、生かせる場所もありはしない。縦横高さがあってこその立体世界。三次元。現実のこの世界。この世界で楽しまなければ損だ。二次元に恋したところで、愛に変わらなければ価値もない。俺が欲しいのは現実味を帯びたものだ。
だからといって恋愛だのどうだのと語っているわけではない。ただ、何もしたくないというのが現状であり日常だ。自分のしたいことをして、自分のやりたいようにするという簡単なことでさえ、ありきたりな日常茶飯事。本当にありきたりすぎてつまらない。ほとほと現実というモノに飽きを感じる。自分の唯一の趣味である作曲活動すらままならなくなり、今度サークルで発表する新しい曲も盛り上がりの部分が完全に抜け落ちていた。ここでいつも思うんだ「ああ、俺はスランプなんだな」ってな。プロでもないのにプロフェッショナルな考えが真っ先に浮かんでしまう俺は友人からすれば、スッカラカンのガラスコップ。いつもは透き通った音を作るくせに簡単に汚れた水を入れるし、簡単に溢れさす。らしい。俺にはよくわからなかったのだが。まあ、アイデアという水を簡単に注ぐのに足りなかったり汚したりしてしてしまうのは勿体無いのだとか。
「ハヤテは? 今日予定あるの?」
「何で? 別にない。兄貴が邪魔だっつーんなら出てくし」
「……」
「黙ってんなっ!」
ビクッと震えて俯く。ああ、本当に鬱陶しい。なんでこんな奴が自分の兄であるのか。外に出なくて肌の色は白く、鬱陶しくも伸びきった髪、ダサい格好で、下ばっかり見て歩くし、挙動不審で人見知り。絶対にアウトドアにはなれないだろう。むしろ、部屋から出なくて良い。邪魔なだけだ。ただ居なくなってくれたらどれだけ楽だろうかと何度か考えた。話をするだけでも目を合わせるだけでも存在するだけでも鬱陶しく思える。こんなこと思ってはいけないと何度も思って、何度も嘆く。
「兄貴様は俺が邪魔ですものねー?」
「ハヤテ、カエデはお前の双子の兄だろう? 他に言い方があるだろうに」
「いきなり現れんな、出流」
いつも俺が兄貴に憎まれ口叩いていると現れる、幼なじみの八月一日出流(ほずみ いずる)。通称いずるん。不法侵入とかではなく、今日は兄貴と語ってたみたいだ。夜中中話し声がしてたからな。
コイツは兄貴に執拗に構う。完全に付きっきりだった頃もあったぐらいだ。もう、過保護とかそんなんじゃなくて、恋人同士に近い感じ。何を考えて兄の傍にいるのか分からないが、弟である俺よりも兄貴のことを親身になって分かっているのであろうことは分かる。お前はホモか?!とも思ったことがあるが、どうやら出流自身は男女関係なく恋愛は出来るという稀な人種であるようだ。『恋愛間に男女は関係ない』と言い切っていたし。実際、兄貴のことが好きかなんて聞いたこともなかったから出流がどう思ってようが知ったこっちゃない。しいて言ってしまえば、俺には関係ないし。といったところだろう。
「だいたい、お前は何故に兄に強く当たるのだ」
「鬱陶しいからだろ?」
「カエデが構ってくれないからちょっかいを出しているように見えるぞ?」
「それはまずナイだろ」
どこぞのカップルじゃあるまいし。好きな子ほどイジめたいみたいな趣味もない。今までに付き合ってきた女共も色んなアプローチをかけてきたが、俺自身に愛想がなくて完全に俺を避けている奴を俺が好きになるわけがない。二次元でいう“ツンデレ”属性には全く興味もなければ、むしろ鬱陶しい。そんな照れ隠しは可愛い奴なら許せても、兄貴は男だし俺たちは兄弟だ。気持ち悪いことこの上ないわけで。
「出流。ハヤテは俺が嫌いだからさ……」
「へーへー、そーですよー。兄貴だって俺が嫌いだろうがよ」
「……」
「カエデ、俺はお前が好きだぞ」
「……うん。俺も出流好きだよ」
ああ、俺の目の前で告りやがったよ。っつーか、なんだこのバカップルじみた会話は……ついて行けねぇ。ついていけねえし、ついていこうとも思わねぇ。むしろ、仲良くつつき合うなら俺の目の前でしないでくれ。付き合いきれん。
出流には、はにかんだって笑顔で答えるのによ。俺はそんなに嫌いですか、そうですか。俺はいつから地球が何回回ったところの何時にドコでどんな風にアンタを嫌いだなんて言ったかね?
「仲良くするなら俺のいないときにしてくれ。気分わりぃ…」
「俺にヤキモチか?」
「妬いてるとしたら、兄貴にだろ」
から笑いをしながら兄貴を見ると、俯いたままだった。本当に、面倒臭い。もう、腹が立ってばかりだ。ムカムカいらいらモヤモヤ……ん? モヤモヤ? いやいや、それはない。ないよ…な? モヤモヤって何に対してだよ。いずるんか? ……兄貴か?
「カエデ。それでは、俺は帰るぞ」
「うん、話聞いてくれて有難うな」
「構わない。俺が相談に乗れるなら、いくらでも聞いてやる」
「うん。有難う」
めったに笑わない出流が、兄貴の前では笑う。
めったに笑わない兄貴が、出流の前では笑う。
やっぱりモヤモヤする。しかしどちらに対してなのかわからない。ていうかむしろ、もうどうだっていいんだ。俺は兄貴に嫌われているという事実は、覆ることのない実証事項だ。仕方がない。俺が悪いんだ。俺が何もかも悪い。
双子の俺たちは仲が良かった。喜びも怒りも哀しみも楽しみも、総て分かり合った。双子だからこそ仲が良かった。兄貴も俺を認めたし、俺も兄貴を認めてた。けど俺はいつも一緒にいたはずの兄貴を、勝手な想像と周囲からの言葉を肯定して、突き放したんだから。
もう無理だと気付いたのはいつだったか。いや、本当はあの時も気付いてた。兄貴の存在を否定してた頃から、ずっと。
なあ、兄貴。双子の認め合って信じ合っていた弟から蔑まれ存在を否定される気分はどんな気分だった?
to be continud
next is Kaede viewpoint