何者にも振り回されては流される。それはもう、運命で明確になっている決定事項なのだろう。



002:限りある才能と歪み



「ハヤテは俺が嫌いだからさ……」
「へーへー、そーですよー。兄貴だって俺が嫌いだろうがよ」
「……」

 沈黙。何も言えない。
 俺は一度だってハヤテを嫌いだなんて思ったことはない。言ったことだってない。いつの間にか俺の目の前からいなくなったのはハヤテなのに、いつも俺が悪いみたいな言い方をされる。確かに俺が悪いのかも知れないけれど、俺はどこが悪かった?何がお前を不快にさせた?昔はちゃんと嫌なことはイヤだと言ってくれてたじゃないか。俺はお前が言いたくないほどまでに幻滅するようなことをしたのか……?

「カエデ、俺はお前が好きだぞ」

 沈黙を破って出流が話しかけてくれる。何を言うかと思ったらそんなことで。恥ずかしげもなく言う出流がいつも羨ましかった。俺は本当に好きな相手に言えないからな。

「……うん。俺も出流好きだよ」

 有難う。と、意味をも込めて。
 よく例えられる英語の表現。出流の「好き」はライクとラブだとライクに値する。だけど、こんな俺を好きだなんて言ってくれるのは少数だし、珍しい。

「俺にヤキモチか?」

 俯いたまま、頭の中で思考をグルグルさせていたと同時に、出流のそんな言葉が聞こえてくる。淡い期待と同時にどうせ覆されるだろうということを頭の中に巡らせる。

「妬いてるとしたら、兄貴にだろ」

 小さな嘲笑と呆れた声。しっかりと聞き取れるトーン。ハヤテは俺にヤキモチを妬いているということは、俺に出流を取られたと思ってるんだろう。小さい頃は「カエデを返せ!」なんて言ってくれていたのに、今となっては名前すら呼んでくれない始末。いつからだったか、俺を兄貴と呼び出したのは。
 返してと言うのなら返すよ。昔から同じものを欲しがった俺たちなんだから、お兄ちゃんは引かなきゃいけない。それは、先に産まれてしまったからという仕方のない事実なんだから。

「カエデ。それでは、俺は帰るぞ」
「うん、話聞いてくれて有難うな」
「構わない。俺が相談に乗れるなら、いくらでも聞いてやる」

 今日でおしまい。

「……うん。有難う」

 ハヤテに返すから、出流とはもう遊べないね。大げさかも知れないけれど、ハヤテは昔から言い出したら聞かないし、俺はお兄ちゃんだから。仕方ないんだ。でも、分かってるよちゃんと。昔からお前を一番見てたもの。是が非でも曲げない意志は俺もハヤテも変にある。まあ、単に意固地なだけなのかも知れないけれど。
 だけども、俺のことを心底嫌いなのは曲げようのない事実であり、間違えようにも間違えられない真実。

「いずるん帰るなら一緒にコンビニ行こーぜ。コンビニ」
「構わない。行こうか」
「さよなら、出流」

 早く、1人にしてくれ。今はもう独りに。全て総てハヤテにあげるから。いつか俺を見てくれるだけでいいから。同情でも憎悪でもあげられるものは全て総て捧げます。
 身も心も全て総て。
 だから、独りにして下さい。

「じゃあ、母は仕事に行ってくるわ☆」
「うん、行ってらっしゃい」
「明日の朝まで帰ってこないと思うけど、晩御飯は友達と食べに行くなり出前取るなりしてね」
「うん」

 いつものように仕事に出ていく母、椿。俺は職業メイキャップアーティストの母と、ファッション誌編集者である父の下に産まれ、母の兄である翼さん(俺から見ると伯父)はカメラマン。その妻と双子の息子娘はモデル。という凄い家系に弟のハヤテと共に産まれてきたわけだが、そんな家系に産まれながらも“才”のない奴というのが俺だった。いわゆる出来損ないだ。何も出来ないわけじゃないし、何かを出来なければならないわけでもない。ただ、この家に産まれたというのに、“人に自慢できる何か”というものを一つも持っていないという問題点。だからこそ俺は出来損ないなわけで。

「俺ってば生きてる価値すらないな……」

 なんて愚痴をもこぼしてみたり。なんかこう妙にネガティブになっちゃうのは誰が悪いとかそんなものも特には無いのだけれど、しいて言うなら弟であるハヤテだろうか。自分の目標もちゃんと持っていて、そのための勉強だってしてる。将来有望だとたくさんの人に言われ、駄目な兄の俺は最初は比較対照でバカにされていたけれど、今では比較することさえさるなくなった。それは俺が“出来る奴”になったわけではないし、ハヤテが“出来ない奴”になったわけではない。ただ、比較する対象にもならないくらい、俺は平凡で論外な存在なんだ。

「いっそ死のうと何度思ったか」

 何も思わず独りで紡ぐ言葉が、こんなに重くなったのも、きっと“自分”という存在のせい。いつから辛いとか哀しいとか本当の楽しさとか嬉しさとか忘れたのか。そんなのは思い出せないまま、俺の人生は終わるのだと思っていた。

ピンポーン

 今の時間はちょうど13時。約束の時間も13時。なんというか、俺の友達は時間に律儀な奴だといつも思う。

「はーい」
「やっほーぃ☆ 言ってた通り遊びに来たよん」

 この、どこかのギャルゲーの萌キャラ並みのテンションで来た男は四方田真央(しほうでん まなか)。世の言う“イケメン”だというのに変わった性格をしていて、俺が心を許せる友達であり同士でもある。
 いつも約束の時間ぴったりに現れて、場の空気を全て持っていく。空気が読めない奴だとよく言われていたが、そんなことは全くなく、むしろ読めすぎるから場の雰囲気を持ち上げる巧さがある。これも隠れた“才”だ。産まれ持っての才能だろう。

「今日は誰もいないのかな〜キョロキョロ」
「うん、今はいないよ」
「そっかぁ〜。あ、番ちゃんは後で来るからね」
「そっか…って、大丈夫なのか?」

 四方田が言った“番ちゃん”というのは、一 番(にのまえ つがい)。時により愛称は一番(いちばん)。これは言わずもがな、プリントを返す際に読み間違えたのだ。本人には悪いが、“一”で“にのまえ”とは到底読めるもんじゃないだろう。
 そうそう、俺が「大丈夫なのか?」と聞いたには理由がちゃんとあって、番ちゃんは極度の方向音痴で、目的を完全に素通りする、居場所認識力が皆無という素敵な能力をもっている。

「大丈夫じゃないと思うけど、番ちゃんならきっと大丈夫!!」
「親指立てて言うことか!? 絶対に迷う確率99%の彼女を置いて来る彼氏がどこにいるか!!」
「ここにいる!!」
「やりきったイイ笑顔で言うことじゃねーだろ!!」

 なんて、俺とコントみたいな掛け合いを出来るのはコイツぐらいしかいない。実際、四方田も友達がいなかったそうで、友人はチラホラいても既にオタクの道を走っていた四方田には同士が欲しかったらしく、専門学校に入ってやっと“俺”という友達が出来たそうだ。

「とにかく、大丈夫なんだろうな?」
「分からなかったら持ち前の嗅覚で辿り着くって!!」
「お前の彼女は犬か何かか!?」
「違うよ!!…っということで、ゲームでもして待ってよう☆」

 そんなことを言いながら勝手にゲーム機を取り出してきた。

 大丈夫なんだろうか……。

 本当に俺は何者にも振り回されてしまう人生なんだろうなと肩を落として四方田と一の為にコップとお菓子を用意し始めた。




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