必ずと言っていいほどに、災難は災難を呼び、さらには自分という災いも愛する者を傷付ける。
003:重い思いを想う
出流とコンビニ行ってめぼしいお菓子とジュース買って家に帰る。もちろんその中には兄貴の分もあるわけで、なんて兄想いな弟でしょう。と、自分のことを褒め称えたくなるわけで。
「なんてこと思ってもなあ……」
出流とは途中の道で別れ、俺は一人で帰路についた。
別に買って帰る必要なんて全くないし、むしろ帰ったってどうせウザがられるわけですし。オタクのことなんて俺には理解できないし、今の家の中のオタク率を測ってみると俺が入っても、オタクじゃない俺はオタクから見たら異形なわけで。
我ながら溜息しか出ないのもどうかと思う。別に構いはしないのだが、いつからか分からなくなった自分の本当の気持ちと兄貴の気持ちは、今もまだ兄貴と俺の間に亀裂を作って蟠(わだかま)りが出来ている。周りの意見に惑わされて拐(かどわ)かされているのに気付いているはずだったのに、兄がオタクだということに恥を感じて他人のふりを何度しただろうか。兄貴に何度罵倒を浴びせただろうか。今となっては後の祭りで、今はもう何も関われない。
「どうやってコレを渡そうかね……」
なんてそんなことを考えてる間に家に着いちゃうわけで。まあ、菓子置き場に置いときゃいいか……
……ん?
誰かが家の前に立っている。長い髪をポニーテールにしている童顔の女。服装は何というか現代風なのだが近未来的。言い切ってしまうと『現実には売っていないアニメや漫画に使われる』であろう服を着ている。現実的には違和感の感じるような服装の奴が俺の家の前をうろちょろうろちょろ……
「あっあの……」
「……はい?」
いきなり声をかけられた。誰だろう……どこかで見たことがあるようなないようなそんな感じ。幼い頃にどこかで会ったのだろうか。
そんなことを考えながら目の前の女を一眼する。……俺は逃げたりしないから、俺の腕をつかむな。
「片村さんの家を知りませんか?」
「……片村、何?」
「あ……片村カエデくんの家を探しているんですが、忘れちゃって……」
「……」
どうやら、からかっているわけでは無さそうだ。第一、カエデ……兄貴は友達が来るとか言ってたけどまさか女だとは思わなかった。しかも、この女、大ボケをかましているようでもないようだ。
「ここだけど?」
見慣れた自分の家を指さしてウンザリしてみせる。何が楽しくて兄貴の友達を案内せにゃならんのだ。楽しくなんてありゃしない。何がどうでも構いはしないから、俺にいっさい関わらないでほしいと願った。
「あっあらららら……ここだったんですね」
「あー、そうだ。だからもう良いだろ?」
「ああっスミマセン! 人と話をするときに相手に触るのが癖でして……」
それは何か? 俺にはすがりついて涙目で相手を上目で見上げてるから誘ってるようにしか見えないと思ったんだが……。取り敢えず、家の中で……というか、俺の前でイチャつかれるのだけは勘弁したい。
「あっそ。んじゃま、どうぞ」
ドアを開けて、ぶっきらぼうに家の中に招き入れる。それに女はややあって(実際、小説とかに“ややあって”なんて単語が出てくるが、よく分からずに使ってる)ついてくる。
兄貴とはどんな関係かとかどんな女なのかとか気になったりもしたが、明らかに兄貴とは違ってオタクには見えない。むしろ、そんじょそこらにいる女と対して変わらない感じがする。
「えっあっカエちゃんの家の人……?」
カエちゃんだぁー? 対外にしろよ。兄貴を名前で呼ぶなんて。どうせ嫌がる兄貴に上目遣い+涙目で縋ってみせたんだろうけどな。
「そうですが何か?」
「ああ! カエちゃんの弟のハヤちゃんね! カエちゃんから噂はかねがね」
「噂?」
「うん! 『弟は背が高くて格好良くて頭も才能もあるし努力家なんだっ! 自慢の弟だよっ』て微苦笑しながら話してたよ」
ないな。と、心の中で言ってみる。
まず、あの兄貴が俺を褒めるのが有り得ない。兄貴は俺を嫌ってるんだから“自慢の弟”なわけがない。兄貴の微苦笑……照れ笑い……? ぜってぇ無ぇよ……なんだよその行き 過ぎたイカレた妄想はよ……。
ていいうかそのハヤちゃんてのは誰のことだ。俺のことか。
「兄貴の部屋は、二階上がって右だから」
「うん、有難う。ハヤちゃん。小さい頃から嫌々しつつも面倒見がいいトコ変わんないね」
「……は?」
「覚えてない? 私、一 番。一番って書いてニノマエ ツガイ。お母さんのお友達の椿さんの息子にあたるのが君たち双子。私のことは番ちゃんって呼んでくれてたよ?」
ああ、そんなヤツいたなぁと思い出してみる。本当に忘れてたよ俺。興味がないとかそんな訳じゃないけれど、確かにこの顔はニノマエおばさんのと瓜二つだし間違いようがなく。
「……にのまえって聞いたら嫌なことしか思いださねぇけどな」
「人の父親を嫌な思い出だけの人にするなんて酷いわね!」
「どんな責任転嫁だよ! まあ確かにニノマエ先生も嫌な思い出しかねぇけどな! お前だお前!!」
「え……私はか弱き乙女?だわよ。」
「か弱きとか言うなら自分で疑問符打つなよ!!」
……はっきり言って疲れる。俺はクールキャラでは無かったのか。いや、自分でクールぶってると思ったこともさらさら無いが、こんな激しいキャラだとは思っていなかった。
「あ、よかったらこれ持ってってくれ。俺はそっちの世界に踏み込めねえからよ」
嫌みったらしくそんなことを言いながら、買ってきた菓子とジュースを手渡す。これじゃあ、俺も入れてくれって言ってるように聞こえんじゃねえか。
ニノマエはあまり気にしたそぶりも見せず、「ありがとう、渡しとくね」と言うと、兄貴の部屋に入っていった。
兄貴の前じゃ、まともに話すことすら出来ねえのに兄貴がいなければ普通に会話できる自分が情けないというかなんというか。兄貴だって俺とはまともに目を見て話そうとなんてしない。
いつからそうなってしまったのかなんて、覚えてもいないのだけれど。
小学生のころ、従兄弟の手伝いで兄貴が名を隠してモデルの仕事を手伝ったころからだったか。クラスの女子が大人っぽかった兄貴を慕い始めたころだったか。兄貴が慕われていることに嫉妬して、兄貴の気を引くために好きな人ができたなんて嘘言って、好きでもない女子と付き合ったころか。中一のころに友人が兄貴のオタク趣味を気持ち悪いと言い出して、それを恥じて距離を置いてからだったか。
いつだっただろうか。兄貴をカエデと呼ばなくなって、すごく傷ついた顔をしていたのは。それから、名前で呼べなくなったのは。
今だって俺は名前で呼びたいし、普通に話をしたいのだ。たった一人の兄弟。それも、血を、身体を分けた兄弟だ。相容れないことなんてない。
家の鍵を閉め、二階にある自室を目指す。自室の目の前は兄貴の部屋。その前に立ち止まり、ドアノブを見つめた。
「俺を本気で要らないのだというのならば、俺はいつだって目の前から消えてやるのに。」
カエデの部屋の前でそう呟く。きっとカエデは弟に嫌われていると思っているだろう。俺を嫌い、嫌われていると。それでも、俺は嬉しいのだ。愛が歪んでいることはとうに分かっていることで、それでも俺はカエデに俺を刻みつけたい。
深く、深く。落ちていく。
血を、肉を分けた兄への変質的な愛情。
この愛は破滅でしかならないのだろうと、自身に嘲笑した。
to be continud
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