好きという言葉は急に俺から離れていく。
004:これはなんだろう
片村カエデは双子の弟を愛してやまない。
兄より何でも出来る弟を煩わしいだとか、自身が何も出来ず弟と比べられようが、自分にはどうでもよかった。
ただただ、弟という存在が、愛おしくてたまらなかった。
小学生のころ、自分はメガネを掛けていなかったし、弟も髪を染めていなかったので、俺たちは典型的な一卵性双生児そのものだった。見分ける場所といえば、分け目と肌の濃さ。自分はインドアで、弟はアウトドアだったから、ただそれだけの理由だ。
このころは、すごく仲がよかった。友達と一緒にいない時なんかは二人一緒でバカみたいに遊んだし、弟は兄である俺よりもしっかりしていたから、どちらが兄なのかと親戚からよく言われたりした。
そんな仲良し兄弟が、ある1人をきっかけに変わってしまう。
それはもう名前は思い出せないけれど、その学年では一番かわいいと言われていた女子。彼女は、弟に恋をした。
花が咲くように、ふわりと笑う彼女は、弟に恋し、弟に告白した。これは弟から聞いた情報で、嘘なんて何一つなかったし、実際のところ告白されたことを相談されたのだ。嘘ではないだろう。
弟が俺と顔をあわせる度に彼女のことを話すので、彼女のことが愛しくて仕方がなかったんじゃないかな。
自身は、そういう色恋沙汰に興味がなく、弟の好きな人という彼女を嫌うのもどうかと思ったので、頑張って好きになった。けれど、彼女のことを知れば知るほど、弟を愛おしいと思うようになる。
そんなこと、あってはならないというのに。
日に日に増していく想いは、恋情などではないのだと一生懸命思い込んだ。これはただの兄弟愛なのだと。
「カエデ」
「どうした?」
「俺は、お前が大好きだ」
「俺もだよ」
こんな会話が、酷く嬉しく、恐ろしく悲しいと思った。
軽々しく「好き」だなんて言わないで欲しかった。弟に「好き」だと言われるたび、俺の間違った恋情が赦されているのではないかと錯覚してしまうから。錯覚、なのだ。間違いなのだ。あってはならない。
兄弟として愛さなければならないなんて、耐えられなかった。兄弟愛として達成しなくてはならない苦々しい想いは、いつしか普通に恋愛ができる弟に、妬みや恨み、憎しみに変化した。どこにもぶつけられない愛は、二次元で消化した。越えられない愛は、弟も二次元も一緒で、二次元にぶつけたところでどうすることも出来なかったのだけれど。
「カーエちゃんっ! 1人でなぁに物思いに耽ってるの?」
「え……あ、ごめん。ボーッとしてた。いらっしゃい、番ちゃん。迷わずにこれたんだね」
「うん! いつの間にかカエちゃん家の前にいたところに、カエちゃんの愛するハヤちゃんに出会って家に入れてもらったんだよー」
「それでね」と言いつつ、番ちゃんは大きなビニール袋からお菓子を取り出した。
またこんなにお菓子持ってきて……と思って見ていたのだが、いつもとは買ってくる種類が違う。番ちゃんはいつも自分が一番好きなものを2個必ず買って持って来るのだが、その必ず買うものが入っていないのだ。どちらかというと、俺好みの新商品メインな買い方で、首を傾げてしまった。
「あ、これは全部ハヤちゃんからだよー! みんなで食べてねってさっきくれたの!」
「そっか! カエちゃんの弟さんはいい弟さんだねぇ」
「え……? ハヤテが?」
「そうだよー! ありがとうとお伝えください」
「ください」
そう言って二人は深々と頭を下げた。“深々”は言い過ぎだと思われるかもしれないが、床に座り込んでいる2人は土下座に近いような形で仰々しく頭を下げたのだ。“深々”に違いない。「いえいえ」と同じくして頭を深く下げた。
アニメの鑑賞会ということで、昼の2時から集まり、真央はキャラ解析してみたり、性転換考えてみたり。番ちゃんなんかは次にやるコスを考えたり、アニメ内のCPに萌え悶えたり。
ハヤテと、話すことが出来ると思って少しうれしくなるが、悲しいかな自身の会話力の無さにげんなりする。なにを話せばいいかななんて相談できる訳でもなく、まずはどうお礼を伝えるかと首をひねった。
時間は夜、7時頃。
2人はそろそろ帰るということで、一枚のDVDを置いて帰っていった。置いていったのは番ちゃんで、中身はいわゆるBLといわれるジャンルのDVDだった。内容はそんなに過激なものではないのだが、なにやら義兄弟モノらしく、もともと近親モノが好きな番ちゃんはその中でもオススメを置いていったのだ。
ことの発端は何気ない学校での一言。
『BLってどんな感じのもの?』
少しだけ興味のあった世界ではあったので(番ちゃんにしてみれば、俺には腐男子の素質があるとかなんとか。よくわからないのだが)、借りてみようか迷っていたところに半ば無理矢理置いていったのだった。
もちろんながら、実写ではなくアニメなのだが、表紙の肌色がいやに生々しい。裏表紙をみる限り、なにやら行為には至っているようなので、夜中に観ることにした。
***
「うわぁ」
設定は二次では当たり前のようにある学園モノ。その中で、高校に上がると同時に両親が再婚し、同学年に義兄弟がいる設定になってしまったというもの。実は2人は小学校からの同級生で、性格は真反対だが、互いに惹かれていた。みたいな話だ。学校での会話はほとんどないが、家では親に心配をかけないようになるべく普通に会話をする。大人しい男は物言いのキツい男に普通に話してもらえて嬉しい反面、親の前でじゃないと自分には優しくしてくれないのだと悲しみ嘆く。言葉のキツい男はただ素直になれないだけのようだ。(大人しい男が兄ポジ及び受けで、口の悪い素直じゃないデレツン男が弟及び攻めらしい)
――実際は兄弟じゃないなら、まだ救いはあるだろ。
なんて。自分に少しだけ重ねてしまってイヤになる。
30分ほど観ただろうか。デレツン男が少しだけ素直になり、想いを打ち明けるところまできた。これに対して戸惑いながらも受け入れる兄。ああ、現実がこれの半分ぐらい起こってくれる世界であればいいのに。
この時代では同性愛が既に認められていて、既に結婚している人もいる。男同士、女同士で手をつないで歩いたり、腕を組んだりしてるのは普通に見る光景になった。けれど、兄弟で恋愛感情を持つことは許されるわけがない。近親での恋愛は禁忌なのだから。
血がつながっていなくても、趣味の全く違う俺たちは出会いもしなかっただろうけれど。
好きだとか、愛してるだとか。唇が触れあうのが先か。画面の向こうでは男二人がキスをする。それを観て、好きな人とキスが出来ることが羨ましいと思ってしまっているのは、欲求不満だからなのだろうか。兄の部屋で、親にバレないようにと、静かにその行為は行われていく。ゆっくりとベッドに押し倒されて、少しずつ服を脱がされる。AVなどを好んで観ることはなく、ああいう風なモノを観て自慰をする気持ちがよくわからなかったのだが、今なんとなくわかった気がした。俺は受け身になってしまうが、ムラッとするんだ。ムラッと。
ヘッドホンが邪魔だなと思いながらも、受け側と同じようなことを自分でやってみる。自身の陰茎をゆるゆると扱いて、カリの部分に扱く指が擦れるたび、久し振りの快感に身震いする。
画面の向こうでは攻めが既に受けの後孔に指を突っ込んでいたので、やったことはなかったが、興味本位で購入したコンドームとローションを使って自分の中指を後孔に挿入してみた。ゾワゾワとした感覚が体に走ったが、難なく入ってしまう。そこから、恐る恐る指を抜き差ししてみるが、ちゅぷちゅぷと音が鳴るだけで特に何も感じることはなかった。画面では指を増やして何度も弄くっているので、増やしてみる。それでも、気持ちよくはない。受けは小さな喘ぎを漏らしているが、俺はただ動かす手が疲れて、息切れしそうになっているだけだった。
画面の向こうでは既に二人は繋がった。気持ちよさそうに受けは喘いで、攻めも悪くない顔で何度も腰を振る。その姿をしり目に、三本に増やした指を頑張って抜き差ししたが、やはり感じることはない。気持ちよくなれる場所に届いていないのか、指を増やすほど、遠くなった感じだ。
そろそろ2人は絶頂を迎えるようで、攻めの腰の動きが尋常じゃないし、受けの声も大きい。家族がいるんじゃないのかとか思いながら、手を止めて足元を観ると、ヘッドホンが転がっている。自慰に夢中でヘッドホンが外れたことに気付いていなかったようだ。しかし、いつからはずれていたのか。音はテレビから漏れている。
「……兄貴」
後ろには呆然と立ち尽くした、愛弟の姿があった。
to be continud
next is Hayate viewpoint