深く刻み付けたら、どうなってしまうんだろう。



005:急展開についていけない




 カエデの部屋から声が聞こえた。いわゆる、喘ぎ声というやつなのだが、どう聞いても男の声で、まさか誰かとヤってるんじゃねえだろうなと思ったが、玄関には他人の靴なんてなかったし、今家にいるのは俺と兄貴だけだ。けれど、カエデの部屋から聞こえてくる声はどう聞いても二人分あって、どう聞いたってマッサージ中ではなさそうだ。
 なんにせよ、音が漏れているには変わりない。AVにしたって、もう少し小さな音でお願いしたいのは確かだ。
 取り敢えず、ノックをしてみる。が、中から返事はない。まさか見ながら寝ているのかとソッとドアを開くと、そこにはあられもない姿をしたカエデの姿があった。指を後ろの穴に突っ込んで、息切れ切れで、プルプルと震えている。画面では、男二人が交わって、性交をしていた。
「……カエデ」
 なぜだか、兄貴と呼ばすに名前で呼んだ。カエデはびくりと肩を震わせて、こちらを向く。見られてしまったという、困惑と焦燥が入り混じった顔をしている。変な顔だ。いつものことだが。
「は、やて」
「なんだよ」
「う、あ……ごめ、」
「なにが」
「……汚い、もの、見せ」
「綺麗だなんて思ったことねぇよ」
「あ……うあぁあああああ」
 泣き崩れた。カエデは人前では気丈にしていたい奴だったから、俺の前でも泣くところなんて見せたことがなかったが、大粒の涙を流して、ケツ出したまま泣き崩れている。
「お、ねがい」
「……あ?」
 誰にもいわないでとでも言うのだろうか。声が小さくて聞き取りにくい。カエデの近くにいくため、部屋に入り、ドアを閉めた。
「なんだよ」
 カエデの前にしゃがみ込んでみると、カエデは俺の手にすがりついてくる。近くにいても、よく聞こえない。こいつの声帯どうなってんだ。
「……ないで」
「聞こえねえよ」
「おね、がい……きら、わないで」
 目一杯に涙をためて、俺を見上げる。
 ぞくり、とした。何に対して身の毛がよだったのか解らなかったが、それ以上カエデの姿は見たくなかったので、顔が見えないようにと、カエデを引き寄せて胸の中におさめた。
 何分ほど経ったか。カエデがぶるっとしたので何かと思えば寒かったようだ。下半身丸出しにしてれば、そりゃそうだな。しかし、寒さで萎えているのだと思っていた(なるべく見ないでいた)兄の陰茎は反り上がっていたので、思わず凝視してしまった。
「なんで勃ってんだよ」
「ぅえ?! うわっ! み、見るなっ!!」
「お前がそんな格好してるから嫌でも見えるんだろうがよ!」
 人の腕をしっかりと持ったまま震えていて、隠そうともしない。お前はいったいなにがしたいのかと言いたいが、それを言うよりも先に怒鳴った挙げ句、なぜだかカエデのそれを掴んでいた。なんかヌルッとしてるし、わりとデカい。まだ達してないのだろうか、握っただけでビクビクしてるのがわかる。
「な、にやってんだバカか!!」
「はあ? ホモビデオ見ながら抜こうとしてたんだから、男にやられて嬉しいんだろ?」
 体制により、扱きにくいので握ったりさすったりしてみると、息を少しずつ荒くして、ビクビク震えている。さっき寒さで震えてたんじゃなくて、やりたかっただけかよ。盛ってるだけじゃねえか。
 カエデはいつの間にか手を離して、人のズボンに手をかけていた。かけていたというより、チャックをおろされる音で気がついた。なにやってんだ。
「おれ、もする」
「は?」
 なぜか半勃ちになっている俺の陰茎を取り出して、ゆるゆると扱き始めた。三角座りで足を開いている状態の俺の股に、ゆるい正座状態のカエデが前屈みになって頭を突っ込んでいる。俺の腕はカエデの陰茎に既に届いていなかったが、カエデはそんなことお構いなしといった感じで俺のそれを近くで見ながら、少しずつ扱く速度を上げた。
 あんまり上手くねえな。自分ではやってねえのか? など思いながら、カエデの頭を撫でてみた。すると、ピクリと反応するので、少し楽しくなって、手の届く範囲で遊ぶことにする。カエデは人の一物で遊んでんだから、手持ち無沙汰なんだよ。
 顔を触ったり、耳を弄ったり、首を撫でたり、背中をなぞったり。触るたび、ビクビク震えるカエデが面白くて、カエデが俺の陰茎を弄らなくなっていることに気がついてなかった。動かなくなったことに気がついて、手を離すと、今度はカエデが俺の陰茎を口にくわえた。さすがにそれはないだろ。
「ちょ、なにやってんだ!?」
 人の声も聞かずに、舐めたり吸ったりし始めるので、頭をつかんで、外した。そこでやっと、カエデの顔を見る。
 眼鏡は曇っていて、口元は涎まみれでヌラッとしている。目は……涙が少し浮かんでいた。
「落ち着け!」
「お前もな」
「盛ってんなよ」
「それはお前もだろ」
「俺は盛ってねえよ」
 男が2人してなにやってんだ。片方はパンツ脱いでて勃起させてて、もう一人はシャカイの窓から勃起させた状態で、お互い小さな頃から顔見知りで、というか兄弟だし。本当になにやってんだよ、俺ら。
 テレビ見ながら誰とやってるのを考えてやってたのかとか、画面の奴にやられてるのを想像してやってたのかとか、変なことを考えて、俺たちは兄弟なんだからこんな想いや行為は不毛なんだろということにいきつく。わかってんだよ。俺がどれほどカエデが好きでも、伝えたところでどうにもならない。そう思ってたはずなのに、これはいったいどういうことなんだ。急展開すぎる。
「ハヤテ……あの」
「なんだよ」
「嫌わ、ないで」
「今以上嫌うことなんてねえよ」
 今も昔も嫌ったことなどありませんが。昔のように好きだって言ったら今でも返してくれるんだろうかとか頭をよぎったが、そんな素直さはどこかにおいてきてしまった。口を開けば好きだといっていたあの時代が今になってこれほど妬ましいとは。
 カエデは眼鏡が邪魔なのか、ふらふらと立ち上がって机の上に置いた。さっきの言葉に少し暗い顔をした気がするが、部屋が暗いせいでどんな顔をしているのかなんてしっかりはわからない。眼鏡をおいて、ベッドに腰掛けたかと思うと、ふらりと枕に倒れ込んだようだ。スプリングの音しか聞こえず、薄暗い部屋のベッドがあるであろう方向に目を向ける。
「カエデ?」
「なんだよ……いきなり、名前で呼ぶなよ」
「あ?」
「勘違い、するだろ……昔に戻れたのかとか、ハヤテに嫌われてないのかとか、考えちゃうから、やめてくれ」
 さっきの言葉で急激に萎えたようだ。現実に引き戻されたといってもいい。さっきまでやっていた行為が嘘のように、互いの体は寒々しい。
 兄弟だから? 双子だから? 男だからってのは今の時代じゃあんまり関係ねえけど、やっぱりそれも少しある。カエデの体が抵抗してんのか、俺の言葉の足らなさなんて今に始まったことじゃない。言葉で伝わらないなら行動で示すべきかと、思わず握ってしまったが、そんなことでカエデがわかるはずもない。逆に嫌われていると思っているようだ。
 ――嫌われるなら、とことん嫌われてやる。
 ああ、昔の素直な俺は本当にどこにいってしまったんだ。なんでこんなにねじ曲がった考え方しか出来なくなったのか。
 考えることも少しずつ億劫になり、ベッドに近づいて、既に寝転んでいるカエデに覆い被さった。カエデは鬱陶しそうにしていたが、幸いにも近くにはコンドームとローションがある。なにが幸いなのか。その通りの意味だが。
「早く出てけよ」
「……」
 いつの間にかパンツだけは穿いたようだが、パンツの上からでもわかる勃起ぐあいに思わず力強く握ってしまい、カエデは少し痛そうな声を上げた。それに構わずパンツを剥ぎ取り、少し萎えている陰茎を扱いてやる。すると簡単にカウパーなんて出すから、手はぬるぬるになるし、臭いはひどい。既に部屋の中はイカ臭いわけだが。カエデは上体を起こしてどうにか退けようと抵抗しているが、お前のその貧弱な腕で俺を退かせられるとでも思ってんのか。
 さっき後ろに指を入れてたから、緩くなってんのかなとか思いながら触ってみると、ローションがまだ残っていたらしく、二本の指は簡単に飲み込まれた。グリグリと回してみたり、ピストンしてみると、カエデは抵抗ができなくなったのか、ベッドに身を預けていた。手で口を押さえて、声を抑えてるようだ。ふーふーという我慢するような吐息と、後孔に入ったり出たりする指に絡むローションの淫猥な音が頭の中に響いた。
「なんで抵抗しねえの?」
「ひ、あ……てい、こうなんて、できるか、ばかか、いっあ、うぁ」
「なんだ、気持ちいいのか? 嫌いな弟にケツの穴いじられて、気持ちいいのかよ」
 言葉が途切れてよくわからない。いや、わかってるけど、都合のいいように解釈する。俺が嫌いであってもいい。今以上に嫌われても、こういう関係になってしまったことで更に嫌われても、俺はもう、止められない。
「自分でやってたからか、かなり緩いな。それともいつも1人でやってんの? あ、まさか誰かとやったことあるとか?」
 自嘲気味に笑って、カエデが擦られては震えた位置を執拗に刺激する。たまに漏れる嬌声が堪らなくて、更に動かした。暗くて顔は見えないが、きっと苦悩に満ちた顔だろう。大嫌いな弟に犯されてるんだから。
 もっと俺を嫌いになってくれたらいい。俺を他の奴なんか比べもんにならないぐらい深く刻みつけたい。
「カエデ、……力抜けよ」
「っ?! や、め!」
「ここまできたら、もう引き下がれねえよ」
「ひっ、ぅあぁあ」
 そこからの記憶は曖昧。熱に犯された時のように意識はフワフワしていて、初めて性行為をしたときのような、背徳感と気持ちよさ。
 ヤりながら意識が虚ろになるのはネコだけでいいって。
 にやりと口元だけの嘲笑。この時なんで笑ったのかなんて、わからないけれど。

 行為が終わってからは、なんてことはない。自分の部屋で寝てしまっていた。




to be continud
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