一つずつ増えていく想い。
006:忘れたいものがまた一つ
体が痛い。まさかの事態だ。なんでこんなことになったんだっけ。いろいろ考えすぎて、訳が分からなくなってしまえばいいんだ。恥ずかしい記憶が早く消え去ってほしいと、そればっかり考えてしまう。曖昧であれば良かった記憶は鮮明で、今でも弟の肌の暖かさを体が覚えている。後ろにハヤテの勃起したアレが入ってきて、苦しくて悲しいのに暖かくて嬉しい変な気持ちになった。何度も突かれて、そのたび、自分の声じゃないような嬌声が上がって、自分を嫌っている実の弟に犯されて喜んでる自分が酷く滑稽で、頭の中が冷めていくような気がした。だからこそ、鮮明に覚えているのだろう。弟の表情も、吐息も、汗の滴りも。
ベッドから這い出てケータイを見ると、時間は朝5時を過ぎたところ。そういえば、今日は今季楽しみにしていたアニメがあって、尚且つ佳境だったなと気付いて頭を抱える程度には、まだまだへこたれてはいないようだ。大丈夫。俺はまだ平気だ。録画してるはずだし、大丈夫。
ケータイを持って、のろのろと部屋から出て、風呂場を目指す。腰が痛いけど仕方がない。あんなことをやった後なんだから、仕方がない。風呂に入ればすっきりするさ。シャワー浴びたら流れるさ。だから今は泣くな。泣いちゃだめだ。
さあ、風呂に入ろうとしたところで、朝の5時だというのにメールが入る。バイブにしていたから、驚いて思わず落としてしまう。ああ俺の陰岩さん(ケータイ名)ごめんよ。というか誰だよ、こんな朝早くから。
『はろー、おひさ! 棚木だよ。久々に遊ぼうぜーい!』
瀬斗だった。あいつそういえば福太郎の家に居候してたんだったな。あそこは寺だし、修行があるとか言ってたから早起きなのはそれのせいか。つーか、朝からテンション高すぎるだろ。こっちは腰痛いし、泣きたい気分だってのに。
「腰痛いし、気分乗らないから今日は遠慮しとく……と」
言葉を読み上げながら打つのは癖みたいなもので、ケータイを持ち始めた当初はハヤテにうるさいって言われたなと思い出した。ああ、あの頃から嫌われてたか。兄弟だからってことで一応はケータイ番号やアドレスが入ってるけど、電話をかけたこともメールしたこともない。ハヤテだけはお気に入りの曲にしてあったりするけど、鳴ることなんてないんだ。
***
1時間ほどボーッと風呂に浸かってみた。なるべくなにも考えずに。アニメのこととか、漫画の発売日がどうとか、バイト入ってたっけとか、サイト更新しなきゃとか、ゲームシナリオ練らなきゃとか……結構考えてた。ボーッとしてた時間のが少ないかもしれない。
今年のコミケどうしようかなとか、そろそろ冬のこと考えておかないとなんて考えて、はたと気付く。クリスマスは休みで暇になるけど、イブは主従喫茶に駆り出されて大忙しだ。クリスマスは主従喫茶の店長である我が親友、四方田真央が彼女である一 番とデートするとか言ってたから、俺は寂しく1人でクリスマス過ごすことになる。リア充爆発しろ。
そろそろ冬コミの話し合いとかするのかなとか、四方田とニノマエと集まって学校の課題で出たゲーム一本作らないととか考えながらシャワー浴びてたら、窓の外がめちゃくちゃ明るかった。すごい長い時間はいってたんだな。
あまり眠れてないからもう一眠りしようと風呂から出て、部屋に向かう。その際、ケータイを開くと返信が着ていた。
『おいおい、腰が痛いなんて愛しい弟くんと何かあったのかと思うだろう。私たちの妄想の糧を生んでくれるのはありがたいが、純粋に心配させておくれよ。して、なにがあったの?』
自分の打ったメールを読み返してみたが、俺はどこにも弟となにかあったとか書いてない。ただの女の感とかいうやつだろうか。いや、あいつ女じゃないわ。胸のついたおっさんだわ。ていうか妄想の糧ってなんだよ。腰が痛いだけでそういうことしたとでも……思われたのか。
がっくりと頭を垂れて、溜め息をつく。なんというか本当に、なんであんなことになってしまったんだ。男のくせに終わったことを何度も繰り返し考えてしまうのは、ハヤテのせいだから仕方がないとして。だいたいなんだよ。なんで今更、“カエデ”なんて呼ぶんだ。お前はもう、俺を名前で呼ばないんだと、呼んではくれないのだと思っていたのに。
諦めたはずの想いが胃のあたりからせり上がってきて、どうしようもない気持ちになる。気持ちが悪い。こんな気持ち、どこかに消してしまえたらいいのに。
***
なにをするでもなく、アニメの消化でもしようかなと部屋の中のDVDの漁る。学校が休みになるとさっさと消化してしまうので、観ていないものが少ない。というかリアルタイムでほとんど見るから見逃すことなんて少ないのだが。
昨夜観ることのできなかったアニメを観ようと、DVDをデッキに突っ込む。予約してたハズだよなと思っていたが、よくよく考えたら予約してなくね? だって昨日の夜はツガイちゃんに借りたあのDVD観てて、それを見終えてから録画しようとしてたから……あああ、大事な前中後編の中編部分を見逃すとはなんたること。しかも今季楽しみにしてたアニメだというのにこれは、無いわ。有り得ない。あの行為をしていなければ撮れていたハズだろう。なんであんなことになったのか。いや、なんであそこで入ってきたのか。じゃなくて、なんで俺は自慰をしたのか。俺が悪いんだろうけれど、なんかもう全てにおいてハヤテが悪いような気がして、そんな風に思いたくないけど、自分だけが悪者になるのは嫌だった。
「アニメ……観たかったなあ」
真央撮ってないかな……メールで聞いてみようか。いやでも、まだ朝7時だし、きっと起きていないだろう。こんな朝早くからメールして、気を使わせたら悪いし、寝てるだろうから着信音うるさかったら申し訳ないし。ここはダメ元で瀬斗に連絡してみるか。メールきてたし。
『そんなことより、昨夜のアニメ録画してる? 俺撮り忘れちゃって、録画してたら見せてほしいんだけど』
さっきのメールに返信も含めて文章を打つ。送信ボタンを押そうとして、指が止まった。今、完全に、腰が痛いことを忘れてた。買い物に出掛けようなんて言われたら拒否しなければならない程度には足腰がダルい。どうしようかなと返信に悩んでいたら、着信が入り、またいきなりのバイブレーターに手から携帯が落ちてしまう。うああ陰岩さんごめんよ!
『はろー、カエデ! 返信ないから電話してみたよ』
「今、返信しようとしてたんだよ。朝早くからテンション高すぎるだろ。つかさ、昨夜のアニメ録画してる?」
『してるよ! 神展開すぎたんだけど!! まさか……観てないとか?』
「そのまさかだよ……よかったらDVD貸してくんない?」
『いいよー! じゃあ今日、カエデの家でアニメ鑑賞しよー!』
まさかの申し出に小さくガッツポーズする。母さんは帰ってくるの遅いだろうし、ハヤテだって顔なじみだから嫌な顔しないだろ。リビングの大きなテレビ借りて見ようかな。今から楽しみだ。
『じゃあ、13時ぐらいにお邪魔するよ』
「おう。待ってる待ってる! アニメ鑑賞会しようぜ!」
『昨日ツガイたちとやったくせに、まだみたいものがあるのか。本当にアニメに貪欲なやつだな。だが、そういうオマエ、きらいじゃないぜ?』
「あ! それは今季アニメ“エンディングのないサーカス”のマスターの台詞!」
『お、やっぱり見てたか! じゃあ、今季アニメの見直しやろー!』
「任せろ!!」
棚木瀬斗。中学時代に同じ学校、同じクラスを1年と2年の時に経験している。昔は暗い奴だったらしいのだが、中学生のときにはそんな片鱗見せることもなく、物凄くテンションが高かった。今は中学時代以上にテンションが高すぎる。彼女はオタク業界で言うなれば、ツガイちゃん同じく、いわゆる腐女子というものだ。男同士の恋愛にとても貪欲である。そういう作品を見たり作ったりしているようだが、今まで作ったものを見せてもらったことはない。興味がないならわざわざ見るもんでもないから止めておけと止められた。友達が興味持ってるものに興味持つのは普通のことだと思うんだが。こういう理由から俺とはまた違う世界にどっぷりと沈んでいるのが瀬斗である。
朝早くからテンションの高い電話を終えて、昼から瀬斗がくるのであればリビングはきれいにしておかなきゃなとか思いながらも、睡魔が襲ってきてしまう。まだ時間はあるんだ。睡魔にあらがうことはない。ベッドに横になり、目をつむる。昨夜はこのベッドでハヤテにやられたんだったなとか、ハヤテの表情を思い出して恥ずかしくなった。眠りに入るギリギリまでハヤテのことを考えてしまうなんて、いつ以来だろう。
沈みゆく微睡みの中でも、ハヤテの声を思い出していた。
to be continud
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