これじゃあ、鑑賞会じゃなくて感傷会だよ……。
008:偽善者に愛される
「ハヤテ、行っちゃったね」
「……うん。ハヤテは俺が嫌いだから仕方がないよ」
ハヤテの態度を見ていると、仕方がないから兄弟をやっているという感じがひしひしと伝わってきてツラい。瀬斗とは普通に話していたから、俺とも普通に話してくれるかななんて淡い期待を抱いてしまったのも悪いかもしれないのだが、なにも俺が起きてきたからって出て行くことはないんじゃないかと思う。どんだけ俺と一緒にいたくないんだよ。昨日のことで顔を合わせ辛いのはこっちだというのに、ハヤテはこちらを見ることもなく出て行った。がんばって、普通にハヤテの顔を見たのに、ムスッとした顔が忘れられない。
「ハヤテはさ、私がカエデと仲良しなのが気に食わないんだよ」
瀬斗はクスクス笑いながら、テーブルの上に広げられているお菓子を口に運ぶ。我が家のようにくつろいでいる彼女を見ていると、ここが自分の家じゃないのではないかという気持ちに駆られたが、ここは俺の家だ。辺りを見回してみたが、間違いない。
「カエデは、ハヤテが嫌い?」
「え?」
お菓子を食べる手を止めて、持ってきているDVDを取り出しながらそんなことを聞く。彼女にとってはこういう話は繋ぎでしかないのだろうけれど、俺としてはとてつもなく大事というか、隠したい部分ではある。けれど、なぜか瀬斗には嘘がなかなか通じず、通じていたかと思ったら信じてなかったとか、友達にそんなこと言うなよと言いたくなる言葉を簡単に言ってのける。だからこそ、シビアな話題は触れて欲しくないし、無言だということは言いたくないとこなのだと空気を読んで欲しいのだが、それを簡単に粉砕してのけるのも瀬斗の良いところ(?)だったりする。
「好きだよねえ?」
「……嫌いじゃないけど、嫌われてるからさ。なるべく関わらないようにしてるんだ」
「ふうん」
ニヤニヤしながら、お目当てのDVDを探し出し、デッキに入れて再生する。彼女は適当に返事を返しているように見えて、全くそんなことはない。覚えていてほしくないことを覚えているのだ。その記憶力をもっとどこかに生かせないのかと心の中でツッコミを入れる。
DVDの読み込みが終わり、なにが始まるのかと思ったら、昨夜見忘れていたアニメが流れ出した。そうだった。俺はこれを楽しみにしていたんだった。だというのに、なんだよこの話の流れは……ハヤテのことばかり考えてしまって、アニメに全く集中できない。ツラい。
***
「アニメ、面白かったでしょ?」
「え? あ……」
今回見逃したこのアニメは前回と続きになっているから前回から観ようということで1時間だったはずだが、いつの間にかエンディングが流れている。内容が全く頭に入っておらず、新たに出ると言われていたヒロインの顔ですら思い出せない始末。せっかく瀬斗がDVDを持ってきてくれて、鑑賞会やってるのに、なんでこんなことになっているんだろう。昨夜のことがそんなにもショックだったのか。嫌われてる相手、まして兄弟相手に足を広げたことが? 嫌っている相手でもヤれるハヤテの神経が? ハヤテのことばかり考えてしまうことが? そんなことをされても、好きだという気持ちは変わらなかったことが?
「カエデってば上の空だね」
「……ごめん」
「いや、構わないよ。憂いを秘めたその黒い目も、とても愛らしいもの」
「お前は……、」
なんでそんな言葉を簡単に吐くんだ。好きだとか愛してるとか、歯の浮くようなセリフを簡単に吐いてしまう瀬斗を恥ずかしいとは何度も思ったが、今回ほど羨ましいと思ったことはないかもしれない。好きな相手に好きだと言える瀬斗の素直さがとてつもなく羨ましい。
「瀬斗はどうしてそんな風に俺を見るんだ? なにがどうして、今のこの関係がなりたってるんだ?」
「好きだから会いたいし、話をしたいんだよ。それで充分じゃない」
ほら、こんなに簡単に言ってしまう。そして俺はこの言葉に何度も助けられている。言われ初めは本当に照れまくったし、恥ずかしすぎて逃げて泣いたこともあった。だけどそんな姿を晒したら、更にかわいいだの愛らしいだの言われてしまうのだ。わかってるんだ。瀬斗が俺を大事に思ってくれていることを。それに甘えているのは俺で、いつだってハヤテから逃げたときには瀬斗に連絡んたんだった。今でもあまり変わらない関係。緩く過ぎる時間。これがとても好きだった。
「瀬斗の言葉は恥ずかしすぎる」
「そうかい。これが私は普通だよ」
「俺にもそれぐらいの素直さがあれば」
「ハヤテにも伝えられる?」
「そう……え?」
アニメが終わってから、また新しいDVDを選んでいる彼女はあまりにも軽口すぎると思うが、これが瀬斗なので仕方がないとする。聞かれたくないことを根ほり葉ほり聞こうとしているのか、ただ適当に話をしたいだけなのか、アニメDVDを漁ってニヤニヤしている瀬斗を見ていると後者のように感じるが、きっと前者なのだろう。瀬斗は人が悪い。
あまり気が乗らないが、話だけでも聞いてもらおうか。昨夜のことは言えないけれど、好きな人に好きと言えないのはやっぱりツラいことだと思うから。そういう気持ちを相手に伝えてもいいものかどうなのかぐらいなら、聞いてくれるだろう。
「瀬斗、相談に乗ってもらえないか?」
「もちろん、いいよ?。私に出来ることならいくらでも手伝うさ」
「うん、あのさ……好きな人に好きと伝えても、いいのかな?」
もじもじとしてしまう。こんなことを相談したのは初めてだから、物凄く恥ずかしい。しかもなぜか同性じゃなくて異性に相談してる俺はなんだかとてつもなく女々しく感じる。いや、瀬斗が雄々しいだけだ。そう思っておこう。なんていったってオッサンだしな。うん、こいつは胸のついたオッサンだった。
その胸のついたオッサンの瀬斗はというと、きょとんとしていた。俺は何かまずいことを聞いただろうか。
「好きっていわれて嫌な気分になる人は少ないんじゃないかなあ……もちろん、相手にもよるだろうけれど、ハヤテは間違いなく嬉しいと思うよ?」
「あ、や、えっと……ハヤテってわけじゃ」
「ないの?」
「……」
「まあ、兄弟相手に好きとか言うのは照れクサいかもしれないけどさ。素直な気持ちを相手に言っておけば、自分自身は貴方のこと嫌いじゃないよって通じると思うよ?」
諭すように話す瀬斗の言葉を聞く。DVDを選別していた手は既に止まっていて、俺に跪いているような形で傍らに座り込み、俺の手を取って話をしている。母親が子供に話をするような、そんな光景。
瀬斗はいろんな言葉を簡単に紡いでしまう。本当のことも嘘のことも。呼吸するように嘘や誠を喋るから、すべてを信じてしまいそうになるが、本人が言うべく、『半分はその場のノリと偽りばかりだから信じなるべきではないよ』とのこと。けれど、言葉が巧みなのか、優しいのか、俺が素直なだけなのか、ほとんどのことを信じてしまう。身内に甘いのは俺の悪い癖かもしれない。
「もうすぐ冬コミなんだしさ、元気だそうよ」
「あー……確かにそうだった」
冬の大イベントよりも深刻だから、できたらそれまでに何とかできたらいいな……。
俺はもともと引きこもりだから、ハヤテがリビングにいれば、どうやったって顔を合わせてしまう。ずっと気まずいままでいるわけにもいかないんだ。関係を持ってしまった今回の事件はたぶん俺が全面的に悪いから、もうそれでいい。ハヤテとそういうことをしても嫌だとは思わなかったんだから、これはもう兄弟愛なんかじゃないんだ。小さい頃からひた隠しにしてきたこの想いが、迷惑だというならそれでもいい。伝えてしまってから離れるなら離れていきたい。ハヤテがそれでも兄弟でいてくれるなら、俺はがんばって、兄になる。恋愛感情なんてなかったんだと自分に言い聞かせて、想いを全て奥底へ沈めてしまおう。
「頑張って告白しなよ」
うふふと気味悪く笑ってから立ち上がる。その際、DVDを手渡された。DVDにはなにも書かれていなかったが、たぶんさっき見ていたやつだろう。俺はアニメに全く集中していなかったから、貸してくれたのだと思う。その後、用事があるとか言って、5時頃帰って行ったが、最後まで「無理はするなよ」と心配された。瀬斗なりに気を使ってくれたのだろう。
そこからはリビングでゲームをしたり、学校の課題であるゲームのあらすじを書いたりして、気を紛らわせた。いつ言おうかとか、話し込むかもしれないから、それだったら親がいないときにハヤテのところに押し掛けるかとか、メールして話ができる日をそれとなく聞いてみるかとか、いろいろ考えてみたが、現在進行形で気まずいハヤテにかける第一声が見付からない。
どうしようかと悩んでいたが、悩みすぎて頭が混乱する。外の空気を吸うべきか、寝るべきかと考えたが、そんなことすらも悩んでしまう。俺はいったいどうしたらいいんだと頭を抱えていた。
to be continud
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