愛ってなんですか。俺にはわからないものですか。



009:なんにせよ頭を抱える




 ナイスタイミングでユキとミツから連絡があり、現在ファミレスにて落ち合うことになった。新しい曲を作りたいらしく、新譜をみてほしいそうだ。明日学校に行くんだから、その時でもいいんじゃないかとも思ったが、出来上がったらすぐにみてほしがるのはミツの性格だから仕方がない。
 それにしても、遅い。携帯電話を取り出して、約束の時間を確認する。約束なんていったって、ついさっき10分後にタンオバ(ターンオーバー)ってファミレスにて待ち合わせようという話だったから、曖昧なものなのだけれど。
 休日の昼3時。ファミレスは混雑している。このあたりはファミレスが割と多いから、なにもここを選ばなくても、ほかにもたくさんあるが、ミツはここがお気に入りだ。待ち合わせはいつもここの気さえする。
 カランカランとドアが開く音がして、そろそろ来たかと目を向けると、キョロキョロと俺を捜しているのであろうミツと、俺をすでに見付けて軽く手を上げるユキの姿があった。店員に声を掛けられるも、ミツはズンズンと俺に向かって歩いてくる。ユキはその後ろをついて歩き、店員には待ち合わせの相手がいますと会釈したようだ。
「Hayate! I'm so good! Very interesting music, I have made! Hurry hurry look a new score! I make finished goods, so this time!」
「分かったから落ち着け」
 まだ席にも座っていないミツがテンションの高いまま、早々に楽譜を広げる。みてほしいのはわかるが、英語でまくし立てた上にその行動は周りの人もドン引きするからやめとけと何度言ったらわかってくれるのか。ユキは慣れているのか、さっさと俺の向かい側の席に座ってしまった。さすが長年ミツと付き合ってきたことはあるな。
 楽譜を広げ終わり、満足したのか俺の前にミツも座った。店員を呼んで、何やら注文をしているようだ。ミツは小さいけどよく食べるからな。店員が注文を聞くのは大変そうだなと傍目に、眼前に広げられた楽譜をみてみた。
 天才ピアニストとバイオリニストの間の息子。親の公演の関係で世界各国飛び回り、五カ国語を普通に使用して会話できる、天才作曲家。それが、ミツこと米原光晴。神童と呼ばれた時期があるのだろうと思ったが、そんなことは全くなかったらしく、作曲家としての才能は大きくなってから開花したそうだ。それでも、小さい頃はピアノとバイオリンを悠々と弾いていたそうだから、十分神童と言えるのではないかと思ったのだ。周りにいる子供たちが普通に楽器を弾けたらしいから、英才教育恐ろしいなと感じたのは、たぶん俺だけじゃないはず。
「今回はさー、学校の年始にある音楽発表会で発表する曲を考えてみたんだ! ハヤテ唄ってくれる?」
「ユキに唄ってもらうんじゃないのか? 俺はいつも通り、ギターかドラムがいいんだが」
「今回のこの曲はね、ハヤテの声に合わせて作ったからユキじゃ低すぎるんだよー。ユキ用の曲は別に作っててさー」
 ユキ用に作曲したという曲をみせてもらう。俺用に作られた曲よりもゆったりした曲調のようだが、音の上がり方がヤバい。カラオケでいうしゃっくりが尋常じゃない。こんな声、俺には出ないしできないから、ユキ用であることがよくわかった。変調したりオクが異常に変わるような曲は、ユキが得意とする曲だ。
 ユキこと加嶋幸之丞。ベース、トランペット、ピアノを弾くことができる、外見は目つきがかなり悪く、顔や耳にピアスをしまくっており、見た目で判断する人間にはとても怖がられたり、不良扱いされるが、中身は真面目で寡黙なキャラクターなのでギャップがすごい。敬語で話をするし、頭だっていい。いわゆる大学デビューなのかとも思ったが、昔からそういう格好が好きなだけだそうだ。ちなみにユキも作曲がうまい。ピアノを愛してやまないユキは、ピアノメインの曲が多く、静かな曲を好んで作る傾向にある。
「ハヤテには悪いが、ボクもハヤテに一曲作ってるんだ。楽譜もあるからみててくれるかい?」
「え……だからなんで俺なんだよ。自分たちで唄えば」
「俺たちはお前の声が好きなんだよ! 言わせんな、恥ずかしい!」
 そんな風に言われると言い返せなくなる。俺だって2人の声は好きだし、弾いて、歌ってる姿は楽しそうで、一緒のチームで曲を作れるのは毎回嬉しい。俺には作れないような曲を作る2人が羨ましいし、正直、嫉妬もするが、2人から『ハヤテの曲はハヤテにしか作れないから、俺たちだってお前に嫉妬してるよ』なんていわれたら、惚れざるを得ない。自分たちに自信があるから、そういうこと言えるんだろうなとか思う俺はまだまだ自分の作品に自信がないのだろう。
「というわけで、ハヤテ」
「なんだよ」
「どちらの曲も発表会の曲になるから、今回はお前、ギターでメインボーカル決定ね」
「意義はない。ボクはドラマーだけ手配しておくよ」
「ちょっとまて! 俺の発表曲はどうするんだよ!」
「それはハヤテがハヤテ用の曲を作るべき」
 まさかの出来事。一瞬で全てのことが決まってしまったかのような……いや、決まったんだよ。いつの間にか決を採られた。有無をいわさず多数決なのだと今知らされた。今までも何度かこんなことが無かったこともないが、今回は少しばかり酷い。有無をいわさず俺の発表曲まで決めやがった。
 発表会は1月末。文化祭よりも小さいが、ステージ借りたりするわけで、チケットも限りがある。俺は誰かにきてほしいとかがないから毎回貰わずに終わる。誰かのために曲を作る訳じゃないから誰かに聞いてほしいとかもなくて、自己満足で作ったものを自身のホームページに載せたりはするけれど、他人からもらう感想が嬉しいと思ったことがあまりない。課題で没になった曲の残骸も置いていたりするから、自分の中で整理つけるためのサイトだしな。
 けれど、これではいけないのだと分かってはいるんだ。何か意味を持って作り上げないと、中身が空っぽになってしまう。でも、意味なんて見つけられないから、毎回テーマ作って、その通り作ってしまう。作り終えてからの、楽しいとか嬉しいが今ではほとんどなくて、そういうところからかミツがとてつもなく羨ましくも妬ましかった。
 だいたい、昨日のことでもう頭いっぱいだっつーのに、自分のために課題曲作らなければならないなんて、今の俺には出来そうにないです。胃が重い。
「ハヤテ、今日はなんだか元気ないなー?」
「確かに。何かあったのか?」
「え……いや、なにもねえよ」
 考え事をしていたら急に声をかけられる。ミツはいつきたのか知らないが、どうやらパフェを頼んでいたらしく、アイスクリームを大きく抉って、自分の口に放り込み、冷たさに悶えているが、一喜一憂するミツだからこそ、あんな曲が作れるんだろうなあと思ったら、自分の今のテンションがあまりにも惨めに感じてしまう。
 あんなことがあったせいで、俺の頭の中はカエデでいっぱいだ。せいだなんて、アイツのせいにしてしまおうとするが、たぶんアイツだけが悪い訳じゃない。俺にだって責任はあるのだろうが、それができないのは、あの行為に問題があるわけで。男同士とかそんなことは大した問題ではない。あの行為を、兄弟でやってしまったことが問題で、合わせて俺のことを嫌っている相手だということが、気まずい空気を作る。
 つーかね。俺はアイツのこと嫌いだったはずなんだよ。嫌いというか、好きじゃないというか、オタクだということが嫌で、気持ちが悪い。中学の時にオタクは気持ち悪いと周りが言っていたから、刷り込まれてしまっているだけなのだろうけれど、そう簡単には考えを変えられるわけもなく。
 ――きっと、こいつらだって気持ちが悪いと思っているに違いない。
 そんな風に思ってしまって、兄がオタクだということを公言せず、バレてしまっても俺はアイツが嫌いだから知らねえの一点張りだった。それで周りも納得したし、兄弟からも見放されてる気持ち悪い方とか言われても、みて見ぬ振りした。少しずつ気にならなくなり、大学が違ってからは目を合わせることすらなかった。兄を兄と思う感覚が麻痺したのだろう。けれど、それでよかったし、それでいいんだと思っていた。
 なのにどうしたことだ。カエデに触れられた瞬間、鼓動の早いことなんの。手や背には汗が滲んでいて、縋るカエデをはねのけることすらできずに、泣き縋る姿を呆然と見ていた。俺はカエデが嫌いなんじゃなかったかと何度も脳髄に問いかけたが、返答はなく、応えた手はカエデを掴み、犯していった。
 口よりも手が早いとか短気なだけにも聞こえるが、好きで好きでしょうがなくて理性が飛んだとしか思えない突飛な行動。
 俺はカエデが……
「ハヤテ」
「上の空だな。おい、ハヤテ」
「え、あ……なんだ?」
「『なんだ?』じゃないし! ハヤテがオリジナル曲悩んでるから、テーマ作ろうぜって話になったんだよ!」
「ボクと光晴のはテーマが同じだから、良いんじゃないかって」
 どうやら相当無言でいたらしい。ミツのパフェは既になくなり、2皿目のケーキ盛り合わせに突入していた。おまえは女子かとツッコミを入れるべきか迷ったが、これもいつものことだ。
 というか、俺はそんなことを悩んでいたんじゃないのだが、テーマを合わせてしまっているなら、俺もあわせた方がいいのだろう。
「……で、テーマは?」
「聞いて驚け!」
「もったいぶるな」
「そう、愛だよ!」
 ドヤ顔でそんなことを言われても困ってしまうのだが、そうか、愛か……愛ってなんだよ。どんなものだよ。なんにせよ、現状には愛などないことに、頭を抱えるほかなかった。



to be continud
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