ノックするだけでも勇気がいるんだ。



010:悩むところが違ってる




「……さむっ」
 目が覚めると部屋は真っ黒で、思わずビクッとなる。どうやらリビングで眠ってしまっていたみたいだ。
 瀬斗に応援されて言う気になってみたものの、当人がいなければそれはどうしようもないことなので、帰ってくるのを待っていたのだが、帰ってくる気配がない。ケータイのディスプレイを見てみると、時間は既に夜中の1時を過ぎており、もしかしたら今日は帰ってこないんじゃないかと思った。
 俺がいる家に帰りたくないのだろうかとか考えてしまって不安になる。兄弟なんだから、少しぐらいは気を許してくれているのかと思ってはいるものの、あんなことをした後だ。帰って来にくいのはわかる。それでも、きっとハヤテは帰ってくるのだろうと勝手に思っていた自分がいて少しばかり恥ずかしく思った。
 ふと、嫌な考えが脳内に浮かぶ。あの行為は愛がなくたってできる。それでも、少しでもハヤテが俺に対して愛があればいいと望んでる。けれどそれは俺の勝手な気持ちの押し付けでしかない。考えれば考えるほど嫌なことばかり考えてしまって、ますます惨めな気分になってしまう。だからといってハヤテの気持ちを確かめる術などない。瀬斗は嬉しいんじゃないかなとか言ってたけど、あれは半信半疑だ。信じられないわけじゃないんだが、ハヤテは俺を嫌ってるんだぞ? 嫌ってるはずなんだ。平気な顔して、俺のことを“兄貴”って呼ぶくせに、兄弟であることを嫌がった。久し振りに名前を呼んでくれたかと思ったら、ただビックリして呼んだだけって感じだ。
 そうだよ、俺は兄貴なんだよ。
 こんな想い、伝えちゃだめなんだよ。それでも伝えたいなんて、迷惑この上ないじゃないか。考えがループして、全くまとまらない。ずっとこれを繰り返すつもりなのだろうか、俺は。いい加減にして、この感情に区切りをつけたいというのに。
「……ハヤテ」
「なんだよ」
「っ?! はわぅえッゲッホッゲホゲホ」
 小さく呟いた名前に返事が返ってきて、咳き込んでしまう。いつの間に帰ってきたのだろうか。
 暗いリビングの中、ソファーに座って悶々と考え事をしている俺の後ろに立つことなど簡単なことなのどろうが、入り口にあるはずの電気を点けることもせず、リビングに入ってこられたらさすがにビックリする。だいたいなんでこのタイミングでここにくるんだよ。ここに現れるんだよ。帰ってこないんじゃなかったのかよ。
「なにしてんだ、こんな暗いとこで」
「お、おまえには関係ないだろ」
「あー、それもそうだな」
 しれっとそんな風に言う。関係があったぐらいじゃ、今までと変わらないよな。そんなこと、わかってる。一言が凄くキツく感じるけれど、話しかけてくれたのは凄く珍しいことなんだ。少しずつでもいいから、ハヤテと話していけたらいい。少しでも現状を緩和したい。
 なんとなくハヤテの背中を目で追いかける。冷蔵庫に向かい、ジュースの入ったペットボトルを取り出して一口。視線に気がついたのか、俺を一瞥する。
「……俺、来週までに一曲作らないとだめなんだわ」
「え、あ……そうなのか。大変だな」
「おう。で、来週の日曜は友達くるから」
「う、うん。わかった。俺は家にいないほうがいいんだな?」
「いや、そうじゃなくて、」
 はあ、と、聞こえるよう盛大に溜め息を吐く。なんでそんな溜め息吐くんだとイラッとしたが、飲み込んで、次の言葉を待つ。こんなことで一喜一憂してたらただの面倒くさい野郎だ。ハヤテはこういう性格なんだから、汲み取ってやらなきゃならない。“兄貴”だからな。
「あいつら、お前を見たいんだと」
「はあああ?!」
 俺は動物か!! なんでお前の見せ物にならなきゃならないんだよ!! と心底腹が立って叫びたかったが、また飲み込む。だって俺はお兄ちゃんだからな!!
「ゲームとか、一緒にしたいらしい」
「……はあ、わかったよ。予定あけておく」
「んじゃ、よろしくな」
 ぽんぽんと俺の頭を叩いてリビングから出て行く。ハヤテのことだから、今から根詰めてやるんだろう。あいつは努力を惜しまない奴だからな。全力でやるんだろう。曲がどんな風にできるのかなんて知らないけれど、なんだか難しいことをしていることはなんとなくわかるんだ。そういう何気ない話も今度できたらいいなあ。
 ていうか、なんで俺の頭叩いていったんだ。『ちゃんと覚えとけよ、ノウナシ兄貴』とでも言いたいのか。失礼な奴だな。お前との約束を忘れたことなんて今までないだろうに。恋人にやるような優しい叩きかたしやがって。顔が熱くなるだろ、馬鹿やろう。


***


 つーか、なんでこんなことになったんだ。
 俺と遊びたいとか意味が分からない。俺で遊びたいんじゃなくて、俺で遊びたいの間違いじゃないのか。だいたいアイツの友達って不良じゃないのか? いわゆるヤンキーとか、そういうやつ! もしそうなら嫌だ。なるべく関わりたくない。俺はオタクなんだから、絶対気持ち悪いとか言われるんだ。ハヤテだって、俺のこと『気持ち悪い奴』って伝えてるハズだから、いっそ清々しいくらい気持ち悪い奴を演じてやろうか。
 あー、むりむり。自虐ネタで一番ツラいのは自分自身なんだから、自分で自分を攻撃して凹んでどうするよ。いつも通り普通にしてればいいんだよ。一般ピープルのように、普通にゲームやって、普通に話して、普通に遊べば……普通ってなんだっけか。
 ていうか、深く聞いてなかったけど、友達って男だよ、な……女の子だったらどうしよう。男からの『気持ち悪い』より女からの『気持ち悪い』のが正直言うと堪えるんだ。女の子にモテたいとかそんな願望は遠い昔に置いてきたから、なにをいわれようが関係ないのだけれど、ハッキリいうと怖いのだ。男子より、女子のが怖い。どういわれようとも、女子のが恐ろしいのだ。
 自室で悶々と考え込む。目の前の部屋がハヤテの部屋なのだから、一言聞けばいいだけなのだが、その一枚の扉が怖い。かれこれ5年はその扉を開けたことはない。ちょっと踏み込んだ関係になったからといって、そんなことを安易にできるほど、俺のチキンな性格は改善などされるわけがないのです。それに今日からハヤテは作曲するって言ってたし、邪魔なんてできない。ああでもやっぱり女子か男子かぐらいはちゃんと聞いておきたい。それぐらいの心積もりはしておきたいんだ。男子向け女子向けのゲーム考えておきたいし、ハヤテの兄として恥ずかしくない程度にはしておいたほうがいいだろう。もしなにかハヤテに迷惑がかかるようなことがあったとしたら、アレのせい(おかげ?)で少し近くなった(気がする)関係にまた亀裂が入っちゃうじゃないですか。
 ええい! ままよ!!
 コンコン
「はい」
「あ、俺だけど……開けていいか?」
「……別にいいけど、」
 ドアノブを掴もうとしたら空振りした。ハヤテが先にドアを開けたのだ。自分よりも少しだけ背の高い目を見つめてみる。すると、眉を顰めて盛大に溜め息を吐かれた。そんな怪訝な顔しなくてもいいんじゃないだろうか。
「なんだよ」
「え、あ……どんな曲作るのか気になって」
 って、なにいってんだ俺は!! そうじゃない! そうじゃないだろ! いや確かに気にならないのかといわれると嘘になるが、今聞きたいのはそれじゃない。友達が男子なのか女子なのかそれを聞きにきただけだというのに、この緊張は何なんだ。
「……兄貴が俺に興味持つなんて珍しいな。なんかの前触れか?」
「いや、純粋に聞いてみたくなっただけだ」
「ふーん……これに以前作ったやつ入ってるから、聞いてみ」
 何枚かCDを渡されて、「忙しいから」と扉を閉められた。怒ってはいないみたいだったが、なんだか少し素っ気ない。ハヤテの顔が少し赤い気がして、まさか風邪でもひいたのだろうかと少し心配してみる。大丈夫だろうか。最近寒いもんな。
「ハヤテ、寒いから暖かくして、頑張れよ」
「……おー、兄貴ももう遅いんだから早く寝ろよ」
 一応心配しているぞという気持ちを込めて言ってみたが、伝わっただろうか。制作CDを本当に貸してくれるとは思わなかったので嬉しい。ハヤテはどんな曲を作るんだろうか。
 部屋に戻り、CDは自分の机の上に置いて、後日聞いてみることにした。



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