楽しそうにしている顔を久しく見ていなかった。



011:みせものじゃないんです




 後ろで嬉しそうに歩いている金髪碧眼のバカと、その隣を歩く灰色の髪に緑のメッシュを入れた顔面パンダメイク済みの友人を連れて家に向かう。
 駅まで迎えに行くと言っていたのにも関わらず、いつの間にかオタク街に行き着いていたらしく、迷子になったとか電話が入った。なんで大人しくできないんですかね、ミツこと光晴さん。そしてそれをなぜ抑制しないんですかね、ユキこと幸之丞さん。
「なんかさ、なんかさ! こう、キラキラしてていいよなー! 日本のオタク文化って凄いなって思う! メイドさんかわいいし、執事さんかっこいーし、オレもやってみたくなるよ!」
「光晴には執事よりメイドのが似合いそうだな」
「あー、確かに。小さいもんな。あ、でも、金髪碧眼低身長の執事だったら、逆に受けるかもしんねぇよ」
「小さい小さい言いすぎだ!」
 光晴さんご立腹。そう仕向けているのは俺たちですが。
 俺たちは現在、片村家に向かっている。俺は歩きなれている地元だし、自分の家に向かってるわけだから、これといって何かあるわけではないのだが、後ろのバカ1名は凄いテンションだ。
 ーーそれもそのはず。先週集まった際に、何気なく日本のオタクについて話し出した幸之丞にテンションの上がった光晴が、オタク街に行きたいと言いだしたのだ。俺の家の近所だと口を滑らせた俺も悪いが、尚且つそれに被せて、兄貴もオタクだなんてことを口走ってしまったがために、光晴は目を輝かせて俺を見つめた。やめろ、そんな目で見るなと押し止めたが、何時の間にやらオタク街を見て回ってから俺の家に集まろうということになっていた。
 カエデには友人がきて、カエデと遊びたいらしいしか伝えてないが、友人2人は遊ぶ気満々だし、カエデに会う気満々。俺はあの一件から不思議な気持ちがどうしても自分で整理できず、不可解でしかない。ていうか本当に家にちゃんといるんだろうな。家から出るときは靴があったからいるんだと勝手に思っていたが、そういえば今日までカエデの顔を見ていないんだった。カエデから離れてからはそんなこと当たり前だったし、離れてからの後悔とか後ろ髪の引かれる思いは薄れていったはずだったのに、この間の一件でなんだかそれはいけない気がして少しぐらいは話しかけないと!と、がんばって話しかけようとか思っていたというのに、今回の曲作りである。なにがどうしてテーマが愛なのか分からないし分かりたくもないが、そのあたりもファミレスで散々聞かされている。ミツは「愛が足りないから」とか訳の分からんことを言っていただけだったが、ちゃんと説明を聞いてみると、どうやら俺やユキの「愛の形」というものを教えてほしかったそうだ。
 そんなもの、俺が教えてほしい。
 深いため息をついてみると、なになにどうした?と顔をのぞき込んでくる。なんてことはありませんよ、自分のことで悩んでいるんですと返せばいいのだろうけれど、どうもそれも変な話で、なにも気にしてなどいなかったはずなのだ。今までひた隠しにして忘れようと忘れて忘れたと思い込んでいた想いを、風邪のようにぶり返してしまった。それだけのこと。誰にも相談なんてできないし、こんなことは知られてはいけないものなのだから、どうしようもできないのだけれど。
「なんでもねぇよ。もうすぐ家につくぞ」
「ハヤテの家に遊びに行きたかったんだよなー! 楽しみだ! ハヤテの兄ちゃんに会うのも楽しみー!」
「いやそれは楽しみにしなくていい」
 今週のカエデは物凄く挙動不審だった。俺のことを意識してる割に、目が合おうものなら即座に携帯電話の画面へ目を向ける。いったいなにがしたいのかと見つめてみたら顔は真っ赤になるし、意味が分からない。言いたいことがあるなら言えと伝えてもまごまごして、口を開けたり閉めたり。結局何を伝えたかったのか解らずに今日がきてしまった。
 もともと人見知りだから、今日という日が怖いのだろうという考えも過ぎったが、別にとって食う訳でもないんだから怖いもなにもないかとも思ったんだが。


***


「ここがハヤテん家かー!」
 片村の表札を目の前に、うろちょろしている。こいつはなにがしたいのだろうと眺めていると、家の塀にチョップしたりして痛がっていた。そりゃ痛いだろうよ。
 バカやって騒いでいる光晴を尻目に、鍵を取り出そうと手をポケットに突っ込んだと同時にピポピポピポピポーン!!と軽快な音を鳴らした。ユキは笑っているだけで止めようとしない。笑ってないで光晴を止めていただけるとありがたいのですが。「16連打!!」とか叫びながら押す様はただのクソガキである。
「おい、そのへんでやめ」
 バァン!
「ダァアアア!! うるっせぇよ! どこのバカだ!! 近所迷惑考えろ!!」
 豪快な音とともに家の扉は開かれ、中から物凄い剣幕で出てきたボサボサ黒髪の黒眼鏡は俺たち3人を睨み付けた。鳴らした本人は悪びれる顔もせず、なぜかユキがスミマセンと謝っている。そこはミツに謝らせなきゃいけませんよ。
 小さくため息をつく俺をカエデが怪訝な目で見る。俺は悪くないんじゃないですかね? 俺が悪いの?
「……いらっしゃい」
 諦めたように眉を下げ、目を伏せたまま「どうぞ」と俺たちを迎え入れる。そういう顔をさせたかったわけじゃないのだけれど、いつもさせている顔ではあるために、罪悪感などはなかった。昔はカエデの一喜一憂にハラハラしたもんだが、今となってはそんなことがない。それだけ、興味がなかったということなのだろう。
「おっじゃましまーす!」
「おじゃまします」
 キチンとミツの分まで靴をそろえて家の中に入るユキ。外見と中身が違いすぎてて、友人になった当初はビックリしたものだが、今となってはそれが普通。ミツはミツで見た目も中身もクソガキである。
「ハヤテ、ハヤテ! この人がハヤテの兄ちゃん?」
「ん、あー、そう。兄貴だよ」
 敢えて面倒臭そうに答える。見りゃわかるだろう、ソックリなんだしということを伝えたいのだが、伝わっただろうか。でも今は髪型違うし、髪の色違うし、カエデは眼鏡だから伝わらないだろうな。一卵性なんですよ、これでも。
「初めまして、加嶋幸之丞です」
「オレは光晴! 米原光晴! 宜しくなー、カエデ!」
「片村颯と双子の楓です。宜しく」
 ぴょんこぴょんこと跳ねながらカエデに付いてリビングに行く様は、どうみても小学生ぐらいの子供にしか見えない。光晴さん、確か同い年ですよね?
 リビングに入り、ソファーに腰掛けると、テレビの前にはゲーム機であろうがっしりした大きなものが乗っている。CMで見たことがあったようななかったような。4人でできるってゲームをいくつか用意してくれていたらしく、ミツは目を輝かせてそれを手にとって眺めていた。
「オレ、これやりたい!」
 ミツが選んだのは無難なカーレースもの。キャラクターを選んで運転するという、とりわけ難しいわけでもないものだ。ミツなりに4人で楽しめるものを選んでくれたのかもしれない。
 ……と、思ったことも俺にはありました。
 キレッキレのドリフトを使用しつつ、ぶっちぎりで1位になるミツ。異様に上手い。異様に手慣れている。まさかとは思うが、得意なものだったのだろうか。ちらりとミツを見やると、作曲してるときの真剣な表情と同じ顔してやがった。本気じゃねーかオイ。
「これじゃあ、ミツの一人勝ちじゃねえか!!」
「いーじゃん、これぐらい! 接待してよー!」
「これはもう接待じゃねえ!!」
 つーか友人とやるゲームに接待ってなんだよ。
 俺とミツがギャイギャイ騒いでいると、カエデとユキはほのぼのとした様子でこちらを見ていた。それもそのはず。2位のカエデは元々ゲームが好きなので、それなりにうまいのは知っていたが、ユキはミツと一緒にやっていたからかやたらうまい。手堅く3位とか持って行ってやがる。
 ……負けず嫌いの俺に火をつけやがって!
 そこから、怒濤の巻き返しを諮るが、そんなことができるはずもなく。やはりゲームは運比べだし、やり慣れているものが勝つのだ。ビギナーズラックなんて初心者にも全力でやる玄人には勝てるわけもなく。何事も日々のたゆまぬ努力とやらが大切なのだと思い知った。

「あーー……やめだ、やめ!」
「ええー! 負け続きだからってなにいってんだよ! もう1戦! もう1戦!」
「イヤだね! 俺はまだ作詞途中だし、気は紛れたしちょっと部屋に行くわ」
 つーか、兄貴と遊んでんだし俺はいらないだろ? とは言わなかった。そんなことを言ってしまうと拗ねているように聞こえてしまうからだ。拗ねてなどいないし、友達がとられたなんて思ってないんだからな!
「お兄ちゃん取られたぐらいで拗ねんなよなー!」
 そう言ってミツはカエデに引っ付く。カエデは人に触られることを嫌がるが、打ち解けたのか、ミツが子供に見えるのか、嫌がる風もなく笑っていた。
 カエデをとられたなんて、思ってない。思わない。思う必要がない。思うわけがないだろう。
「兄貴だってミツのこと気に入ったんだろ? 遊んでもらえよ、ミツ」
「ハヤテ、帰るときにはちゃんと返すからな!」
「そうしてくれ」
 居心地が悪くなったその場から逃げるように2階に上がろうとすると、ユキに呼び止められる。ずっと黙ってミツの隣にいた気がしたのだが、チラチラと俺とカエデを見ていたのは思うことがあったようで、ただほのぼのとゲームしているだけではなかったらしい。
「お前の兄はいい人だな」
「そうか? ただのオタクだよ」
「オタクか……僕らだって音楽オタクなんだし、なんら変わらないさ」
「……そか」
 くすりと笑うユキはメンバーの中ではとても大人びていて、たまに発する言葉がとても重いなと感じることがある。
 今回も何か俺に伝えたいことがあるのだろうか。
「周りの目ばかり気にすることはないよ、ハヤテ」
 何かを見透かされたような気がした。



to be continud
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