「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ここいつのまにメイド喫茶になったんだ?」
[勇者と魔王9]
魔王の城。通算14回目。
「いらっしゃい、勇者」
「あ、いた。阿呆魔王」
「ずいぶんな言い種だね」
魔王はしょんぼりした。
勇者は大きないすの上で寛いでいる魔王を見る。
「メイドを雇ったのか?」
「メイドや執事、コックなどの従者は以前からいるよ」
「俺、あったことないぞ?」
「勇者がたくさんくる危ないところに配置する訳ないでしょ? 鍵がかかってる向こう側で働いてるよ」
「兵とかいないじゃん」
「呼びかけたら応じてくれるからね。城下町に住んでるよ」
勇者はふぅんと頷くと、魔王の近くに姿勢良く立っているメイドを一瞥した。
「でも、今はいるじゃん」
「ああ、インドゥは特別だからね」
「魔王様の特別だなんて、気持ち悪いですね」
「は?」
勇者は耳を疑った。
魔王はにこやかにしているが、口角がピクピクしている。
「初めまして、勇者様。ワタクシ、魔王様に代々引き継がれる、碧の創精霊・風斬出陣、愛称はインドゥでございます。
嫌々ながらも、現魔王様にお仕えしており、現在は扇に憑いております」
「お、え? ああ、そうなんだ。創精霊か。初めて見るから誰かと思った」
インドゥは勇者に笑顔を向ける。
魔王はまだ口角がピクピクしている。
勇者はのほほんとしている。
「それもそのはず。ワタクシ、アイス様やシアン様のように、あまり表には出ず、魔王様が何時にもゆっくりできるよう身辺整理をしておりますので」
「へぇ」
「ねえ、2人とも。私を無視して話すのやめてくんないかな? これでも一応この城の主……」
「あら、気付きませんでしたわ。魔王様ったら気配を消すのがいつもお上手ですね」
インドゥはにこやかに毒づいた。
魔王のMPが減った。
「インドゥ……なんでそんな私のこと邪険にするの……」
「魔王様は魔王様らしくないからです。
ダンディズムの欠片もないじゃないですか」
「魔王になにを求めてるんだ……」
魔王と勇者は呆れた。
インドゥはどうやらロマンスグレーが好みのようだ。
「先代は確かにおっさんだったよね」
「おっさんだなんて!! オジサマと言いなさいな! 先代魔王様はそれはそれは素敵な方でしたよ。どんな勇者、どんな魔物にも強く立ち向かっておられました。年齢関係なく鍛え上げられた肉体はどの角度からみてもたくましく、紅く鋭い目に射抜かれたものは、何人も立ち上がることはできず、腰砕けになりましたとも」
「語り始めちゃったよ……」
「それがなんですか! 現魔王様はひょろひょろで! 筋肉の『き』の字もないじゃないですか!!」
「いや、筋肉あるけど肉付きが悪いだけで」
「だまらっしゃい!!」
インドゥのマシンガントークは止まらない。
魔王と勇者のMPが少し減った。
「ムキムキこそ至高! 細マッチョなんてダメです。なるなら高みを目指して、先代のようにゴリマッチョで!! そしてもっと勇者に立ち向かいませ! 勇者が城に姿を見せた瞬間『出直してこい』と魔法一発で一蹴なんて酷すぎますわ」
「……あそこまでやりたくないし、最近の勇者弱いんだから仕方がないでしょ」
「そんな凄かったのか、爺さん……ていうか他の勇者も一蹴されてんのか」
「だいたい魏几様は怠惰すぎるのです。もっと年相応な活発さを出してくださいませ。ニートという冠詞を付けますよ」
「な?!」
魔王に痛恨の一撃! 速さがガクンと下がった!
勇者は呆然と立ち尽くしている。
「とにかく、魔王様らしく、回りくどくてもいいですから、仕事はしてくださいませ。うつつを抜かして業務ほっぽって劉様のもとに行くなどおやめください」
「お前、俺んとこくる前に仕事しろよ……」
「だって、劉は私用で私に会いに来てくれないんだもの」
「お前を倒すための勇者だからね、俺」
魔王はうじうじしている。
「では、ワタクシ、お暇な魔王様とは違って仕事がありますので失礼致します」
「どうして一つ一つの棘がそんなデカいのかな、お前は……」
インドゥは魔王と勇者に綺麗なお辞儀をして、謁見の間から退場した。
謁見の間は静寂に包まれる。
「……お前、忙しいじゃん」
静けさにいたたまれなくなったのか、勇者が先に口を開いた。
「……え?」
「……いつ暇なのか知らないし」
「暇な時間作ったら会ってくれるの?」
「……俺が暇だったらな」
魔王はガッツポーズをした。
魔王の士気が高まった。
勇者のデレが初めて発揮された。
勇者の愛嬌が少しあがった。
イベント:デートの約束 が追加された。
「えっ、ワタクシの登場回だったんでは?!」
……!
インドゥ が登場した!
「そんな付け足しみたいなの止めて下さい!!」
勇者と魔王8|
作品ページ
20120728